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札幌地方裁判所 昭和63年(ワ)1810号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  原告

1  被告は、原告に対し、一六一万七九二〇円及びこれに対する昭和六三年八月二〇日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和六二年六月二三日、被告との間において、次のとおりの保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

ア 契約の名称 店舗総合保険契約

イ 保険期間 昭和六二年六月二三日から翌年の同日までの一年間

ウ 保険料 三万六七五〇円

エ 対象店舗 札幌市中央区南二条西四丁目乙井ビル地下一階洋品店店舗

オ 特約 被告は、原告に対し、右店舗内の商品の盗難被害についても保険金を支払う。

2  原告は、昭和六三年二月二一日未明、本件保険契約の対象店舗内にあったアクセサリーなどの商品(仕入原価合計一六一万七九二〇円)を盗まれる盗難にあい(以下この盗難を「本件盗難」という。)、右商品の仕入原価相当額の損害を被った。

3  よって、原告は、被告に対し、保険金一六一万七九二〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年八月二〇日から支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1の事実のうち、対象店舗内の商品の盗難被害に対しても保険金を支払う旨の合意をしたとの点は否認する。その余の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件保険契約の締結)のうち、オの特約条項を除き、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が主張する右特約条項の存否について判断する。

1  いずれも成立に争いのない乙第一(被告作成の「店舗総合保険ご契約のしおり」と題する冊子、但し、昭和六二年六月に改定されたもの)、第二、第三、第三七(いずれも被告作成の店舗総合保険のリーフレット)、第五(原告が本件保険契約を申込むに当たり作成した火災保険契約申込書)、第六ないし第三六号証(いずれも火災保険契約申込書又は火災保険契約更改申込書)及び甲第一号証(被告が本件保険契約の締結に当たり作成した店舗総合保険証券)並びに証人竹本昭彦及び同波田充史の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

ア  原告の代表取締役乙井一男(以下「訴外乙井」という。)は、被告の代理店である訴外坂本興産株式会社の販売部長竹本昭彦(以下「訴外竹本」という。)に対して本件保険契約の申込みをした。

イ  訴外乙井は、本件保険契約の申込みをする際、訴外竹本から本件保険契約について特に詳細な説明を受けなかったが、昭和六〇年一〇月三〇日、新たにブティックを開店することになった乙井ビル一階の店舗につき被告との間において店舗総合保険契約を締結した際、訴外竹本から盗難被害にも保険金が出るとの説明を受けて同保険契約の申込みをし、以後、本件保険契約に至るまで数回にわたり、訴外乙井自身あるいは訴外乙井商事株式会社の経営する店舗につき、被告の店舗総合保険契約を利用していた。

ウ  被告が本件保険契約について作成した店舗総合保険証券によると、本件保険契約に適用される普通保険約款は、店舗総合保険普通保険約款とされていた。

エ  被告の店舗総合保険普通約款には、原告が主張する前記特約条項に該当する条項はなく、本件保険契約について作成された店舗総合保険証券にもその特約条項の記載はない。

オ  訴外竹本は、訴外乙井に対し、店舗総合保険の契約を勧めるために同保険による補償の内容を説明した際に、被告作成の店舗総合保険のリーフレットを示したが、同リーフレットには、対象店舗の商品が保険の目的となっている場合でも、その盗難被害については保険金が支払われないことが明記されていなかった。

カ  被告は、原告に対し、前記保険証券とともに、被告作成の「店舗総合保険ご契約のしおり」と題する冊子を送付したが、右冊子には、店舗総合保険普通保険約款等の基本約款及び特約条項が記載されているほかこれらについての注意すべき事項を概括的に説明した記載があり、これには、商品の盗難被害には保険金が支払われないことが明記されていた。

キ  訴外竹本は、昭和六三年二月二二日ころ、訴外乙井から本件盗難の連絡を受け、その旨を被告に連絡し、その後、原告から提出された被害の明細を被告に提出した。

ク  被告の札幌支店の社員波田充史(以下「訴外波田」という。)は、訴外竹本に対し、対象店舗内の商品の盗難には保険金が支払われない旨を伝えるとともに、建物が店舗総合保険に入っているかどうか、建物に被害がなかったかどうかを確認するように指示した。

ケ  訴外竹本は、訴外波田から商品の盗難については保険金の支払いができないことを聞いた後、店舗総合保険普通保険約款を調べてみて初めて商品の盗難については保険金が支払われないことを知った。

2  以上の事実によると、訴外竹本は、本件保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款を誤って認識し、保険の目的である商品の盗難被害にも保険金が支払われるものと誤解していたため、訴外乙井に対し、対象店舗内の商品が保険の目的となっている場合でもその盗難被害には保険金が支払われない旨の説明をしていなかったことが認められる。

もっとも、訴外竹本が訴外乙井に対して商品の盗難被害にも保険金が支払われると説明していたかどうかは、証拠上必ずしも明確ではなく、訴外竹本から保険の目的の盗難被害についても保険金が支払われる旨の説明を受けた訴外乙井が商品の盗難被害にも保険金が支払われるものと勝手に思い込んだ可能性もまた訴外竹本が店舗総合保険普通保険約款について前記のような誤解をしていたことからするとその誤解していたとおりの内容の説明をした可能性も否定できない。

いずれにせよ、訴外竹本と訴外乙井が普通保険約款を正しく認識した上で、これと異なる前記特約を合意したとまで認めるに足りる証拠はない。

ただ、訴外竹本と訴外乙井とは、店舗総合保険普通保険約款を適用する保険契約を締結するに際し、その約款を誤解して保険契約の申込みを勧め、これに応じて申込みをして本件保険契約の締結にいたったものと認めることができるに止どまる。

そして、普通保険約款を適用する保険契約を締結する際に、契約当事者がその保険契約に適用される普通保険約款をたまたま誤解していて、その誤解に基づく内容の意思の合致があったように見える場合(本件で言えば訴外竹本が訴外乙井に対して商品の盗難被害にも保険金が支払われる旨の説明をしていた場合がこれに当たるであろう。)でも、そのような意思の合致と見えるものは、締結しようとする保険契約に適用される普通保険約款の内容が説明を受けたとおりのものであるならば、これを適用する保険契約を締結しようという保険契約締結の動機を形成したにすぎず、当該保険契約に適用される普通保険約款とは異なる特約をする合意であるとか普通保険約款自体を変更する合意であるとみることもできないというべきである。仮に、そのような意思の合致と見えるものに保険契約の内容を構成するような合意としての効力を認めるとすると、多数の加入者を前提としてその多数の加入者についての危険の分散を図ろうとする保険制度の団体性に反して一部の加入者に特別の有利な契約条件を認めることにもつながるから、結局右のような意思の合致と見えるものがあっても、それは、保険契約の内容になることはないと解すべきである。

したがって、本件保険契約の目的たる商品の盗難被害による損害に対する保険金の支払いを求める原告の本訴請求は理由がないと言わざるを得ない。

3  なお、保険契約者としては、契約締結に当たり、普通保険約款をいちいち熟読しないことが通常であろうし、また熟読すべきことまで要求されていないであろうから、保険会社ないしその代理店において契約者が契約内容を誤解することがないように普通保険約款を正しく説明することが要求されることは当然である。

その意味で前記認定事実のとおり本件における保険代理店の担当者訴外竹本の原告の代表者に対する説明が正確さを欠いたことや被告においてその代理店に対し普通保険約款の内容についての教育が不足していたことも否めないことあるいは契約の勧誘に当たり示されるリーフレットには保険の目的である商品であってもその盗難被害については保険金が支払われない旨の積極的な記載がないなど店舗総合保険を知らない者に対する配慮が欠けていると受け取られてもしかたがない面があること等については非難されてもやむを得ないところがある。

しかしながら、そのことと、本件保険契約の内容を決することとは別の問題であり、本件保険契約に適用される店舗総合保険の普通保険約款を誤解したからといって、その誤解したところが保険契約の内容になると解することができないことは先に述べたとおりである。

三  以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用は敗訴原告の負担とすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 井口 実)

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